七福堂製菓のあられ

七福堂製菓について

history

七福堂製菓の誕生は1965年。創業者である父が20歳の時です。中学を卒業し、15歳から5年間、東京であられの製法を学び、戻ってきた歳に開業したと聞いています。独立の記念にと、修行先からあられを削る機械を一台譲ってもらったそうです。その機械は約六十年間、製造の第一線となり、あられを作り続けてくれました。

あられをつくっているようす

滋賀県は豊かな自然に恵まれているため、お米の産地でもあります。中でもあられの原料に使用するもち米【滋賀羽二重糯】は、昭和27年から37年間、昭和天皇のお正月用の餅に使うために献上されていたほど、国内でも高品質で有名なもち米の産地でもあります。そのもち米を使って作るあられは、口当たりがよく、軽い食感で、口の中にお米がしっかりと主張してきます。
父曰く「食べた時に、もち米の香りがすっと鼻に抜けるあられが本物の証拠」とのこと。本物の証を守り続けるためには、土台となる生地作りに、時間と手間を惜しみなくかけます。効率化、簡素化を求める昨今からすると、非効率なことかもしれませんが、その製法を守り続けることが、大切だと思っています。
昔から変わらぬ味を守るため、先代の技術と技法を受け継ぎ、今に至ります。

あられをつくっているようす

昭和48年開催の全国菓子博覧会では、一番はじめに誕生した【田舎あられ】が名誉金賞を受賞。今でも受賞の盾は直売所に飾られています。
その田舎あられを何気なく熱した油の中に入れたことから生まれたあられが、現在人気NO.1を誇る【壱分金】です。不思議なことに、父の好奇心から生まれたあられが、現在の七福堂製菓を支えています。
何ごとも楽しむ気持ちをも受け継いだ私は、滋賀県産の山椒を使った【味山椒】、近江米みずかがみを使った【近江のうま~いチップス】、地元のなたね油“菜ばかり”を使用した【カリーあられ】【菜ばカリーチップス】など、滋賀の素材を生かした新しい商品を開発してきました。
近年では、滋賀県を超え、長野県生まれ“八幡屋礒五郎”の七味とのコラボ商品も仲間入りしました。

商品画像

また、犬用のおやつ【Paku Paku】や廃棄する米ぬかをリユースした【米ぬかカイロ】など、あられ以外の商品展開を行っています。これらも全て父譲りの好奇心から生まれた商品ばかりです。

あられをつくっているようす

2015年(平成27年)に父から事業承継をしてから10年以上が経ちましたが、常に頭の中にあるのは、初心を忘れないこと。
本当はその年に廃業となるはずだったあられ屋を、周囲の方から「絶対になくしてはいけない味だ」との熱い思いを受け、2代目となる決意をしたあの日。決して楽しいことばかりではない環境の中で、“守るべき味があること”が、今までもこれからも事業を続ける原動力になっているのだと思います。
新しいことに挑戦するという遊び心の中にも、真面目に取り組む気持ちを忘れず、これからもあられ作りに真摯に向き合っていきます。 七福堂製菓 代表 阪田千彩子